「痙性(けいせい)」と「痙縮(けいしゅく)」、この二つの言葉、似ているけれど実は意味が違うんです。特に病気や怪我の後などで耳にすることが多いかもしれませんが、 痙性 と 痙縮 の 違い を正しく理解することは、ご本人や周りの方が適切なケアをする上でとても大切になります。

痙性と痙縮:根本的な原因と症状の違い

まず、痙性とは、脳や脊髄といった中枢神経の障害によって、筋肉が意図せず緊張してしまう状態全般を指します。これは、神経がスムーズに働かなくなって、筋肉に「動きなさい」という指令が過剰に伝わってしまうイメージです。例えば、急に手足がつっぱったり、動かしにくさを感じたりすることがこれにあたります。

一方、痙縮は、この痙性という状態がさらに進み、筋肉の緊張が強くなりすぎて、実際に関節が曲げにくくなったり、固定されたりしてしまう状態を指します。つまり、痙性は「症状のきっかけ」や「状態」を表す言葉で、痙縮は「その状態がさらに悪化し、動きに制限が出ている具体的な状態」と言えます。 この違いを理解することは、原因の特定や治療方針を決める上で非常に重要です。

  • 痙性:
    • 神経系の障害による筋肉の過剰な緊張
    • 動きにくさや、つっぱり感
  • 痙縮:
  • 痙性が進んだ状態
  • 関節の動きの制限、固まったような状態

簡単にまとめると、痙性が「原因」や「現象」、痙縮が「結果」や「症状の重さ」と捉えると分かりやすいかもしれません。

痙性の原因:脳や脊髄へのダメージ

痙性が起こる主な原因は、脳卒中(脳梗塞や脳出血)、脊髄損傷、多発性硬化症、脳性麻痺など、脳や脊髄にダメージを与える病気や怪我です。これらの病気によって、脳や脊髄から筋肉への神経信号の伝達がうまくできなくなり、筋肉が常にピクピクしていたり、硬くなったりするのです。

具体的な神経伝達の仕組みは少し複雑ですが、イメージとしては、アクセルとブレーキのバランスが崩れるようなものです。通常、脳は「動かす」指令(アクセル)と「止める」指令(ブレーキ)をうまく使い分けて筋肉をコントロールしています。しかし、神経に障害が起こると、このブレーキが効きにくくなり、アクセルが踏みっぱなしのような状態になってしまうのです。

以下に、痙性を引き起こす可能性のある病気の一部をまとめました。

病気・状態 影響する部位 起こりうる症状
脳卒中 片麻痺、言語障害、痙性
脊髄損傷 脊髄 麻痺、感覚障害、痙性
多発性硬化症 中枢神経系 視力障害、運動障害、感覚障害、疲労感、痙性

このように、様々な原因によって神経系に異常が生じ、痙性が引き起こされます。

痙縮の症状:日常生活への影響

痙縮が進むと、日常生活に様々な影響が出てきます。例えば、

  • 食事: スプーンを持つ手が握りこんだままになって、うまく食べられない。
  • 着替え: 服のボタンがかけにくかったり、腕が上がりにくかったりする。
  • 歩行: 足がつっぱってしまい、歩くのが難しくなる。
  • 手足のケア: 爪を切るのが大変になる、皮膚のトラブルが起きやすくなる。

このように、筋肉が硬くこわばることで、これまで当たり前のようにできていた動作が困難になってしまうのです。また、筋肉の緊張が続くことで、痛みを感じたり、関節が変形してしまったりすることもあります。

痙縮の度合いは人それぞれで、軽度なつっぱり感で済む場合もあれば、関節が完全に動かせなくなるほど重度な場合もあります。

  1. 軽度: わずかなつっぱり感があり、意識すれば動かせる。
  2. 中等度: ある程度の力で動かせるが、抵抗を感じる。
  3. 重度: 関節が固まり、自分の力ではほとんど動かせない。

痙縮は、単に筋肉が硬いだけでなく、それを引き起こす神経系の異常と、その結果として現れる筋肉の異常が組み合わさった状態なのです。

痙性と痙縮の診断:医師による評価

痙性や痙縮の診断は、主に医師による診察によって行われます。まず、患者さんの症状や病歴を詳しく聞き取ります。その後、実際に患者さんの手足の動きを診て、筋肉の緊張がどの程度あるか、関節の動きに制限があるかなどを評価します。

医師は、患者さんの手足をゆっくりと動かしてみて、その時の抵抗感や、急に力が抜けるような動き(クロヌスといいます)などを確認します。また、特定の姿勢をとった時に筋肉が緊張するかどうかも調べます。

必要に応じて、MRIやCTスキャンなどの画像検査を行い、脳や脊髄に異常がないかを確認することもあります。これにより、痙性や痙縮の原因となっている病気を特定し、より適切な治療法を検討します。

  • 問診: 症状、病歴、日常生活での困りごとなどを詳しく聞く。
  • 神経学的検査:
    • 筋緊張の評価
    • 反射の検査
    • 関節可動域の確認
  • 画像検査(必要に応じて): MRI、CTスキャンなどで脳や脊髄の状態を確認。

これらの検査結果を総合的に判断して、痙性あるいは痙縮と診断されます。

痙性の治療法:原因と症状に合わせたアプローチ

痙性の治療は、その原因となっている病気と、現れている痙性の症状の程度によって様々です。まず、原因となっている病気(脳卒中や脊髄損傷など)の治療が最優先される場合が多いです。病気の進行を抑えたり、回復を促したりすることで、痙性が改善することもあります。

痙性そのものに対しては、以下のような治療法があります。

  1. 薬物療法:
    • 内服薬:筋肉の緊張を和らげる薬を服用します。
    • ボツリヌス療法:筋肉に直接注射することで、筋肉の緊張を一時的に和らげます。
  2. リハビリテーション:
    • 理学療法:ストレッチや運動療法で、筋肉の柔軟性を保ち、関節の動きを改善します。
    • 作業療法:日常生活動作(食事、着替えなど)をスムーズに行うための練習をします。
  3. 装具療法:
    • シーネや装具を使って、関節の変形を防いだり、筋肉の過剰な緊張を抑えたりします。
  4. 手術療法(重度の場合):
    • 神経をブロックする手術や、筋肉を緩和する手術を行うこともあります。

これらの治療法を組み合わせて、患者さん一人ひとりに合った治療計画が立てられます。

痙縮の治療法:機能改善と合併症予防

痙縮の治療の目的は、筋肉の過剰な緊張を和らげて、関節の動きを改善し、日常生活をより送りやすくすること、そして、痙縮によって起こる合併症(関節の変形、褥瘡(じょくそう)など)を予防することです。痙縮の治療法は、痙性の治療法と重なる部分も多いですが、より「動きの制限」に焦点を当てたアプローチが取られます。

以下に、痙縮の治療法をまとめます。

  • 薬物療法:
    • 内服薬:筋弛緩薬などが使われます。
    • ボツリヌス療法:特に効果が高く、数ヶ月に一度の注射で効果が持続します。
    • バクロフェン髄注療法:重度の痙縮の場合、背中から薬を注入するポンプを埋め込む手術を行うことがあります。
  • リハビリテーション:
    • ストレッチやポジショニング(適切な姿勢を保つこと)が非常に重要です。
    • 関節可動域訓練:硬くなった関節を無理のない範囲で動かす練習をします。
  • 装具療法:
    • 夜間などに装具を装着して、関節が固まるのを防ぎます。
  • 外科的治療:
    • 場合によっては、神経を一時的にブロックする手術(選択的脊髄後根切断術など)や、筋肉を緩和する手術が行われることもあります。

痙縮の治療は、継続することが大切であり、ご本人やご家族、医療スタッフが連携して取り組むことが成功の鍵となります。

痙性麻痺と痙縮麻痺:疾患名としての理解

「痙性麻痺」や「痙縮麻痺」といった言葉を聞いたことがあるかもしれません。これらは、痙性や痙縮が原因で起こる麻痺(手足の動きが悪くなること)を指す疾患名や状態を表す言葉です。例えば、脳卒中によって片方の手足が動かしにくくなった状態を「痙性片麻痺」と呼ぶことがあります。

痙性麻痺は、痙性という筋肉のつっぱりや過剰な緊張が主な症状として現れる麻痺です。一方、痙縮麻痺は、痙性がさらに進んで、関節が固まってしまうほど動きが悪くなった状態を指すことが多いです。つまり、痙性麻痺の中に、より重症な状態として痙縮麻痺がある、という関係性で捉えることができます。

これらの疾患名を知っておくことで、病状の説明を受けたり、同じような経験を持つ方との情報交換をしたりする際に、よりスムーズに理解できるようになります。

まとめ:正しく理解して、より良い生活を

これまで見てきたように、「痙性」と「痙縮」は、筋肉の緊張という共通点がありながらも、その原因や症状の現れ方、重症度において違いがあります。痙性は神経系の障害による筋肉の過剰な緊張状態全般を指し、痙縮はその状態がさらに進み、関節の動きが制限される具体的な状態を指します。 この違いを理解することで、ご自身の症状や、周りの方の状態をより正確に把握することができます。

治療法も、原因や症状に合わせて多岐にわたります。薬物療法、リハビリテーション、装具療法、そして必要に応じた外科的治療など、様々なアプローチがあります。大切なのは、自己判断せず、必ず医師や専門家にご相談いただくことです。正しい診断と、それに合わせた適切なケアを受けることで、症状の改善や、より快適な日常生活を送ることが可能になります。

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